こんにちは、法人本部 富澤です。
当法人は昭和51年に誕生し、令和8年には創立50周年を迎えようとしています。この50年を目前にして、当法人の歩んできた軌跡について当時の貴重な写真なども用いながら、一番の古株?である私の当時感じたことなどを交え、このブログでシリーズとしてご紹介しています。
今回は3回目「転身」です。前回の記事(開業期)は コチラ をご覧ください。
ほたか会の「転身」
川場春光園の開設から10年ほどたった昭和61年、事業は軌道に乗り、前身の「株式会社樋口電機」より「ベルジ株式会社」へ商号が変更となり、川場村に「有料老人ホームベルジ武尊」が誕生しました。
また、この少し後の昭和62年、前回も少し紹介した「老人介護研修センター(現:ほたか会介護研修センター)」の設立となりました。
サービス業として人材育成は最重要課題のひとつと考え、「ほたか出身の職員は違う」、そう言われるように会社全体でレベルアップに努める創業者の思いがありました。このころからほたか会にはアイデンティティが確立していたように思います。
介護研修センターの人材育成については以下のブログにまとめておりますのでご覧ください。
研修センター | 社会福祉法人ほたか会 (hotakakai.or.jp)
そして、このときに「温泉」が湧出すという嬉しい出来事があったそうです。この温泉は「川場温泉丹後の湯」と命名され、その後のシルバービジネスにおけるキーポイントとなったようです。
そのころ、現在の高崎市箕郷町に「ラドンみさと」という温浴施設をオープンしました。当時はこのような施設はまだ少なく、地元の方々にとても親しまれていたそうです。また、「七福会館」という結婚式場も併設し、多くの方々が式を挙げられました。
このとき、いわゆるバブル期の始まりで、大変繁盛し今と比にならないほどの人手不足になったようです。やがて惜しまれつつも川場の「ベルジ武尊」と同様に、「有料老人ホームベルジ箕輪」として生まれ変わりました。
私が入職した平成8年当時、「ほたか会」というよりも「ベルジ」と周りから呼ばれることが多く、不思議に思っていたことを思い出しました。
ほたか会の前身は電気会社で、関連会社においては、温泉施設や結婚式場も運営していたとは改めて意外です。転身を繰り返しながらも、「その時代のニーズに確実に寄り添い応える」という原点に立ち返ることのできるエピソードだと思いました。
今回はここまで。次回もお楽しみに!
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